2030年01月17日

エマオの途上

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「 蘇りの主と共に; 恵みの遭遇 」       仲嶋 正一二00五年十月二十一日数日前のことです。私は、NTT団地で教会の伝道チラシを配っていました。空は暗く、今にも雨が降りそうでした。古い団地内は、じめじめして芝生内も雑草だらけでした。坂道もあり、気分が爽快と言うわけではありませんでした。ですから、イエス様を呼んでいたのかも知れません。---所がその時、私は、不思議な体験をしていました。何となく、ただ何となく感じて居たのですが、どなたかが一緒に歩いていてくださる。----この表現しようも無い恵みを大切にしたくて、下を向いて、私は、静かに、わざとゆっくりゆっくりと、歩いていたのです。 数日後、今日もまた教会のチラシを配っていました。明るい洋光台北団地に歩きながら、正直、心に、今日は駄目かなと思いつつも「イエス様また来てください、ご一緒に歩いて下さい」と今度は明瞭に祈っていました。そしてその時もまた、数日前のあの日のイエス様の感触を思い出して、わざと、下を向いて静かに歩いて、“イエス様また来てください”と祈って見たのです。  何も起こらないので、少しだけがっかりしながら、次のマンション棟に行って---私は驚いたのです。十軒ほどの集約郵便箱の上に、正に夫々に美しく説教題目と説教者(三字の名前)が印刷されたキリスト教説教テープ4〜5個が、置いてあったのです!!(惜しいことでした。今はそのすべての説教題目と説教者の名前を覚えておきたかったと思っています、) ただ鮮やかに思い出すのは、その一つが、”エマオの途上”と言う題目でした。でもこの時には、クリスチャンの誰かが、其処に伝道のために置いたのでしょうか? と、そう思っただけでした。  次のマンション棟に向かううちに、気になってまたそこに戻ってきました。そうしてチラシの一枚を用いて、その裏に、(Thank you for Jesus! 神様のために有難う)(Love from your Friend! あなたの友人から愛を送ります)と書いておきました。―――でも再びそのとき鮮やかに写ったのは、”エマオの途上”と言うテープの題目でした。( イエス様がとうとう十字架につけられて亡くなってしまい、二人のお弟子が、がっかりしながら、エマオへの道を、その事件について悲しみ話し合いながら歩いていたとき、傍らに、イエス様御自身が死から復活され蘇りの姿で顕れて、この弟子と共に歩かれて、その弟子に諄々と聖書の預言の成就を説かれた。まさかその方が今悲しみ話し合った十字架上のイエス様とは知らない二人の弟子に、イエス様が共に歩きながら語って下さった、という聖書の記事ルカ24章13節 )。  私は、このマンション棟から外に出た瞬間悟りました。―――そうだ今!「蘇りのイエス様が、私とご一緒に歩いていて下さっている!」。( クリスチャンは日本に1%弱しかいないと言われます。その中で、たまたま、2000ページにも及ぶ聖書のうちの、この部分がテープと言う形で私に示され、イエス様を呼ぶ私の願いを叶えて下った。それは、神様の奇跡です。)!


posted by galileejp at 09:25| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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