2030年01月30日

コイノニアの祈り

「 アロンとフル、そしてコイノニア 」仲嶋 正一 2007年1月 
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私たちの神は三位一体の神様であり、私たちの祈りを、実りあるものにしてくださいます。
神様との交わりにより神様を知ることが出来ます。
その体験を、兄姉に伝えると、他の兄姉にも、霊的体験が伝わって行くと言います。
そのような霊的な体験をする人々が、心を合わせて祈れば、祈りは天に届くと聖書にあるようです。
コイノニア、アロンとフルの祈り、は御霊にある人の交わりであり、こうして主を礼拝することが、生きる意味そのものであると、主が教えてくださいます。アバ父よ、と呼ぶ父親の神、キリストが高いところから、無限の愛を示され聖霊が下る時、私たちは、どんなに主に愛されているかを知ることが出来ます。
この冬の日々、寒いと血圧が高くなるので、朝の祈りが、不規則になったりします。
そんな時、日中、ふと気が着く時、イエス様の篤い臨在を感じたりします。
今誰かが祈っていてくれる!と思ったり、また 『今日はわたしとあまり語らなかったね。』 と、イエス様が仰ってイエス様の方から来て下さるのでしょうか? 
そんな時、聖霊に満たされ、ただ、「主よ!」と感謝するばかりです。洗礼を受けるのは、早い方が良いと私が思うのは、このコイノニアの聖霊様との交わりがあるからです。そしてどんなに多くの世の人と交わりつつも、神様のお恵みを与えられることでしょう、主の臨在のもとに。
港南シオン教会を初めて訪ねたのは、一九九十年の一月二十一日でした。聖霊に満たされて祈られる牧師と少数信徒の姿に、信仰が本当に生きる人生を見て求道の心に満たされ、それから十八年が経ちました。聖霊のバプテスマを求めるが故に、大好きな酒・タバコをやめ、祈り祈ったこと、目黒の体育館の庭にあるベンチ、地下鉄桜木町の駅の茶色い壁、天城山荘のベンチ、そして青山学院のチャペルの席、浜名湖の聖会場のソファと机、ペンサコーラ、スミストン、トロント、そうして今、会堂と家庭における祈りへと。 我が生ける限りは、求め続けることでしょう。主が生活に御臨在されます様に、コイノニア(主にある交わり)の牧師とあの友、この友に感謝します。
 『 もし、わたしを知っていたら、わたしの父をも知るはずだ(ヨハネ八章十九節)』 


posted by galileejp at 12:05| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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